私の家の近くにある商店街には、1階がスーパーマーケット、2階には飲食店などが数店並んでいるフロアになっている建物があります。そのフロアの一角に、客や従業員が自由に使えるトイレがあるのですが、男子トイレの個室は1つのみで、女子トイレの横に作られているのです。女子トイレの方は、和式と洋式の個室が2つ並んでいて、洋式の個室が男子トイレ側にあります。その構造自体は変わったものではないのですが、そのトイレは、男子トイレと女子トイレの間の壁が薄く、もし洋式の女子トイレを使うと、真横に設置されている男子トイレの個室まで音が聞こえてくるのです。しかし、私はそのトイレを何回か使ったことがあるのですが、フロアはあまり活気がなく、空き店舗も目立つせいか、女子トイレに人が来ることはほとんどなく、たまにそのフロアで喫茶店をやっているおばあさんが入ってくるくらいでした。ある日の出来事ですが、私は家への帰りがけに、お腹が痛くなってしまい、その時もフロアのトイレを利用しました。男子トイレの個室に座っていると、女子トイレの入り口の扉が開く音が聞こえたました。ゆっくりとした足音と、「よいしょ。」という声から、例の喫茶店のおばあさんがトイレに来たことが分かりました。おばあさんは男子トイレの横にある、洋式の個室に入ったため、私のところまでおしっこの音がちょろちょろと聞こえてきました。私は落ち着かず、早く出ていかないかなと思っていたのですが、その時、再び女子トイレの入り口が開く音が聞こえたのです。どうやら、もう1人女子トイレに人が入ってきたようでした。コツコツという足音の様子から、その人は、おばあさんが入っている個室の前を、行ったり来たりしているようでした。時々、靴の先で床を叩く音も聞こえてきます。隣にある和式の個室は空いているはずなのですが、その人は洋式の個室が空くのを待っている様子でした。その人が私の隣の個室を使うとなると、私はまた他人の放尿の音を聞くはめになるのかと、嫌な気分になっていたのですが、突然、その女性が軽く咳払いをしたのです。私は、フロアの店は年配の人たちが営んでいるため、今回入ってきた女性も、中高年の女性だとばかり思っていたのですが、咳をする声の感じからすると、若い女性のようでした。少したって、おしっこを終えたおばあさんは、水を流し、トイレから出ていきました。そして、入れ替わりに、外にいた若い女性が、いきよいよく入ってきたのです。彼女はドアのカギをを掛けると、急いでベルトを外し始めました。私のところには、カチャカチャとベルトをはずす金属音と、その直後、ズボンをおろす音がはっきりと聞こえてきました。若い女性のトイレの音など、今まで聞いたこともなかった私は、彼女の姿が見えないにもかかわらず、ドキドキしてしまいました。ズボンをおろすと、彼女はトイレに座ったのですが、そこから音をたてなくなり、じっとしているようでした。どうしたのかなと、私は不思議に思ったのですが、よく耳を澄ませると、女子トイレの遠くから手を洗う音が聞こえてきました。さっきまで入っていたおばあさんが、まだトイレにいたのです。すると、隣の個室から、「はやく出て…」と、おばあさんに聞こえないように、つぶやく声が私の耳に入ってきたのです。どうやら、彼女は、おばあさんがトイレから出て行くのを待っているようです。しかし、おばあさんは、なかなかトイレから出て行きませんでした。すると彼女は今度は、トイレの水を流し始めました。しかし、そのトイレは水が溜まるのが遅いせいか、おばあさんが流した後、タンクが満タンになっていなかったようで、ザーではなく、ちょろちょろという流れただけでした。彼女は何回かレバーをひねって、水を流しているようでしたが、流すたびに、タンクの水がなくるため、水が流れる音はさっきよりも小さくなってしまいました。水を流すことをやめた彼女は、再びじっとしていました。時おり、私の個室には「はーっ」という彼女の苦しそうなため息と、手で太ももをこする音が聞こえてきました。そうしているうちに、ようやくおばあさんが、ゆっくりとトイレの出口へ歩いていく音がしました。すると、隣の個室からは、彼女が足を動かし、腰を少し上げ、トイレに座りなおす音と、「ふーっ」と安心したような彼女の息づかいが聞こえました。私が隣にいることを知らない彼女は、周りに誰もいないという、ずっと待ち望んでいた状況が、ついに得られることを期待しているようでした。
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